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Shin Ikeda

アトピー人生脱出話⑤〜アトピーという薬害へ足を踏み入れる


その二か月間は毎日スノボと仕事をした。仕事は、ほぼ皿の洗い物とメニューの飾り付け。

ここで何が起こっていたかと言うと、ご飯は毎日そのペンションが出すパスタを食べた。高校生になってアトピーの症状とはおさらばしていても昔からの体質を気にして強そうな乳製品は極力自分から避けていた。でもこの住み込み先のペンションのご飯はいつも乳製品で作られたソースのパスタばかり。

それは二か月間ほぼ毎日。でも以外と何も起こらなかった。

一ヶ月半ほどすると右手の薬指だったかが湿疹で痒くなった。だが、そのまま何も治療する事無く二か月が済み、湿疹は依然そのまま残っていて痒いまま住み込み生活は終了した。

実家に帰って親とも話をしたが卵ばかりの食生活でぶり返したのかなとぼんやりした答えしか出なかった。

少し酷くなっていき、湿疹の他に小さなヘルペスのようなモノも右手にはこの時出来ていたと思う。それで地元の有名で良いと評判の温井皮膚科に行った。もう腹立つから実名にする。

そこで温井女医に薬をもらって取り敢えずその日はヘルペスを液体窒素で焼き取った。あとなんかの軟膏を貰った。それを塗り出した。それと、ほぼ同時期に湿疹は顔のおデコ辺りにも現れた。

それでまた温井皮膚科に行く。

そこで成人型アトピー性皮膚炎と診断された。

「もう一生治らない」

と確かに言われた。かなりショックだった。

アトピーは治ったと思っていたから。

「大人になってから発症したアトピーはもう治らないの。」

これも確かに言われた。こんな事って本当に自分に起こるのか?と思った。皮膚炎だが一生背負う病を、自分が??と。。

そして貰った薬を言われたように塗っているのに症状は顔にどんどん広がった。地元で始めていたバイトのフィットネスクラブのお客さんからはその顔の変わり様にびっくりされ、良い薬あるけど使うかい?(また薬。笑)と心配されるほど。。

顔中に広がった症状なので目の周り用や唇用など吸収率を考慮されたステロイド剤を何種類も貰うようになっていった。確かに塗ると収まる、でも治りはしなかった。

結局、指から始まった湿疹のせいで僕は唇用、眼の周り用、粘膜の近く用等の強さを調整したステロイドを数種類と顔の保湿剤、身体全身の保湿剤を手に入れ、それらを上手く使いわけて生活するようになった。

それはお風呂から上がった後がとても面倒くさかった。毎回保湿剤を全身に塗り直さないといけなかった。

でもそれをしないとアトピーの人は皮膚のバリアが弱いからすぐ外からの環境因子で皮膚炎になると言われていた。

もうこの温井女医は同じ事しか言わないのだ。繰り返すだけ。そして僕が診察を待つ間、全ての人に同じ事を言っているのが聞こえて来る。それは毎回の通院で確認した。

今、全く薬のお世話になってい無い僕の結論を言う。

事の発端は、ただの皿の洗い過ぎ。これによる洗剤負けの手湿疹だ。

確かにスポンジを掴む右手。一番辻褄が合う。温井女医はスノボのグローブによるアレルギー反応かもとか言うていた。人がそんな簡単に布きれ如きで荒れるわけがない。それなら全身荒れているよと思っていた。

医者は本当に適当というか、原因には興味ない。リピーターにしたいだけだ。だから流行るし、並ぶ。

なぜ僕はこれに気付かなかったのか。。気付いていれば無駄に5年もステロイドを。。。

まぁ高校生に洗剤による手湿疹が出るなんてわからない。。

こんなつまらない事で人生はあらぬ方向に変わっていく。良いとされる医療によって。。

続く。

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