cloud art museum
2:8のフリースタイルスノーボーディング
右脳左脳が存在するならばこの位の割合で出来上がっているシリーズ。
右脳=子供ごころ、左脳=大人として。の簡単な捉え方で進む。
少しの子供心から来たと思われるアイデアを左脳でしっかり狙った形に仕上げる。殆ど左脳を使ったといえる。
どうしても葉っぱよりスノーボードの反り返ったノーズに見えた。 そしたら誰が滑っているのかという事になり何故か鳥になる。だから、林檎は欠けていたのかと理解するとその鳥はスタイリッシュで首が長い奴になる。それしか届かないのだ。 テールでなくノーズだからグーフィースタンスのダチョウという事になる。 しかしテールには見えなかったあたりがまだまだスノーボードへの偏見があるのだろう。
僕は子供達にスノーボードの使いが色々ある事を教わった。 それならば全ての生き物達から彼らなりの使い方を教わってみたくなった。 大蛇は力強く自由自在な身体で板をしならせては勢い良くうどんをこねていた。 水鳥はきっと普段の着水だけではもの足りず水上でスラッシを上げて滑走するし、猿はエッジの存在に気付き投げるだけで食料を得る事が可能になった。
夢の中でスノーボードをしていた。だがそれが実は現実におこっていたのなら鼻風船の中しかあり得なかった。その中は丸いから永遠に滑り続けていられるし重力もさほど感じない。しかも平面に地形やアイテムが存在するわけでなく丸い空間に張り付くように点在している。ハンドプラントをすれば上下は入れ替わり別のエリアに行ってしまうのか。 やっぱり夢だ。 いや、でもハンドプラントは確かに別の世界が見える技だ。
どうしても葉っぱよりスノーボードの反り返ったノーズに見えた。 そしたら誰が滑っているのかという事になり何故か鳥になる。だから、林檎は欠けていたのかと理解するとその鳥はスタイリッシュで首が長い奴になる。それしか届かないのだ。 テールでなくノーズだからグーフィースタンスのダチョウという事になる。 しかしテールには見えなかったあたりがまだまだスノーボードへの偏見があるのだろう。
0.5:9.5で右脳に訴える左脳
右脳左脳が存在するならばこの位の状態での左脳によるシリーズ。
右脳=自由、左脳=拘束として。極端な捉え方で進む。
わずかに息を吹き返した右脳へ意識を取り戻せと左脳が呼びかける。左脳を少し犠牲にする。
コタツの上にあったものをスノーボードの裏に並べてみた。でも実際には並べてない。 机やテーブルは無いけどスノーボードがあるならば日常生活に利用されていたと仮定してみた。
人間だけのファッションには限界がある。いろんな形の人間がいないからだ。 いろんな形の生き物が必要なギアを身に付ける。硬い鱗や毛皮に守られていても頭には何か被りたくなった。 『必要』には好きだからも含まれていた。 メディアが無いから色んな必要が存在して色んなファッションが生まれた。
ピッタリと引っ付いてしまうからこそ意識が吸われてしまうのか。こうやって並べておくと初心に帰れる。 近過ぎるのは危ない。意識があるかのように感じてしまう。
コタツの上にあったものをスノーボードの裏に並べてみた。でも実際には並べてない。 机やテーブルは無いけどスノーボードがあるならば日常生活に利用されていたと仮定してみた。